先月の長崎は「くんち」一色でした。諏訪神社での奉納踊りを目と耳そして肌で感じては、出演者たちとの一体感に酔いしれる時間となりました。
「長崎くんち」が終わると秋の気配が濃厚になってきました。一雨ごとに冷気が増していきます。日々の寒暖差また一日のうちでも時間帯による寒暖差が激しいと、身体が順応できずに「寒暖差疲労」により体調を崩される方もいます。皆様ご自愛ください。

「天下人のOJT」に永久(とこしえ)なる事業承継を思う

日本経済新聞に「大廃業時代の足音、中小『後継未定』127万社」との記事がありました。その骨子としては、以下のようなところです。

①後継者難から会社をたたむケースが多く、廃業会社の約5割が経常黒字

②2025年には6割以上の経営者が70歳を超えるものの、127万社が後継者不在

③2007年の廃業数は約2万1千件、2016年は約3万件、大幅に増加

④中小経営者で最も多い年齢層は2015年時点で65~69歳、2025年時点でリタイア適齢期を迎える中小経営者は約245万人、そのうち半数の127万人が後継者未定

中小企業は日本を代表する大企業に部品・材料・人手等を供給し裏方として様々な分野で支えています。中小企業が少なくなれば日本経済全体に悪影響を及ぼします。特に地方では中小企業は地域経済の大きな柱です。経営者の最大の責務は事業の継続です。アップパートナーズグループには事業承継を担当するベテラン社員がおり、成功実績が多数ありますので是非ご相談ください。業種は問いません。

事業に限らず何事においても、承継には後継者が必要です。これは古今東西普遍のことです。「家(会社)を守る=領地(顧客:売上)と家臣・領民(社員)を守る」ここに大名は苦心してきました。
後継者育成で特に有名なのは、江戸幕府を開いた徳川家康です。家康の長男である信康の育成では、「褒めて育てる」方針でした。武勇に優れた若武者に育ちましたが、父の威光を笠に着て乱暴狼藉の限りを尽くすようになりました。さらには妻(信長の娘・徳姫)との仲も険悪になり、結局は「(敵方の)武田家と内通している」との風評を立てられ切腹に追い込まれました。信康においては、「武芸に秀でることが武士たる威風を示すこと」との意識に偏るあまり、大名(家:会社)を継ぐ意識が育たなかったとも言えます。ビジネスで言うなら、現場仕事はできても経営者としての精神を欠いていた、ということなのでしょう。
これに懲りた家康は、次の後継者候補である秀忠の育成方針を「育てるのではなく育つ環境」に変えました。信頼できるベテラン家臣と若い家臣をセットで教育係にしました。周りの人材を整えたのです。ベテラン家臣は組織での言動規範や家康の危機管理能力、戦乱の世で生き残るための鋭い判断能力を教育しました。若い家臣は学友・剣術仲間のような関係で将来の秀忠を支える人材として一緒に育っていきました。後継者育成においては、組織が大きくなればなるほど、本人だけを育てればよいのではなく周りの人材の共なる成長と彼らとの連携とが大事である、そう家康は理解していたのです。まさに、徳川家が将来天下を取ることを視野に入れての後継者育成だったのでしょう。
また、家康自ら秀忠の育成に乗り出しました。朝廷から任じられた征夷大将軍の地位を秀忠に譲り、自分は駿府に退きいわば「天下人のOJT」に臨んだのです。秀忠にとって荷が重い責務は家康が負いました。階段を一歩一歩踏み締めるようにして、天下を治める術を伝授していきました。秀忠も父の教えを一生懸命に受け入れ、後継者としての自覚を養っていきました。
かくして1603年から265年間、15代続く徳川江戸幕府の礎は家康と秀忠の二人によって築かれたのです。

「地位が人をつくる」と言われます。いかに環境を作り後継者としての自覚を促すか、時代時代その時その時を見て後継者の育て方を考えていかなければなりません。事業を継続させることは経営者が為すべき社会貢献の最たるものです。皆様の事業における、成長発展そして円満継続のお役に立てるよう、アップパートナーズグループは願っております。

(代表社員税理士 内田延佳『月刊 アップ長崎』2017年11月号代表巻頭言より)