9月3日、北朝鮮が6度目の核実験を行ったというニュースがありました。私も被爆地である長崎の人間として、かつて長崎の町に戦禍をもたらした核兵器が廃絶されることなく、今でもなお政治・外交の駆け引きの道具として利用され続けていることに対し非常に心痛く思います。
とは言え現実的な問題としては、国家間で武力を背景にした争いがある以上、「核兵器は必要、手放す訳には行かない」というのが核保有国の言い分でしょうから、結局は「争いの解決に武力が用いられない」ことが保証される万国共通の仕組みが作られない限り、核兵器の廃絶は困難なのだとは思いますが…。いつの日にか、「核の傘」無き泰平の世が実現して欲しいと思いますし、実現するものと期待しています。

「リスク」に対して決断することの難しさ

北朝鮮は核実験の前後に、日本列島を飛び越えてのミサイル発射実験も行いました。当然、将来的にはミサイルへの核兵器や生物兵器などの搭載が想定されるため、日本政府としてもその対応策を検討しているようで、「イージス・アショア」というミサイル迎撃システムの導入を考えているとの報道を目にしました。
この装備の導入には一基当たり800億円を要するそうです。日本全国をカバーするには最低二基が必要とのことですので、最低でも1,600億円です。当然、その巨額な費用に対しては、その必要性や有効性について疑問や批判があり、今後もそれは続くでしょう。

このような議論に思うのは、「リスク」に対する判断の難しさです。「リスク」は「危険性(ハザード)」と混同されがちですが、本来は「不確実性(何らかの物事が発生することによる、損得両面における影響の大小のばらつき)」を意味し、予測しづらい状況を言います。これを予測可能なレベルに低減し、対応しやすくできるよう管理し賢く付き合っていくことが大切だと思います。
例えば、「自動車事故が起こらない~大事故が発生し数千万円以上の多額の賠償を負担する」という幅広い犠牲の可能性を、「自動車保険料という低額だが自動車を手放すまでに必ず発生する毎月・毎年の負担の総額」に確定させ想定・対応を可能としておく、これがリスク管理ですね。
先述のミサイル対策では、何も対策をしない場合、「戦禍無き社会が続く」という可能性から、「核ミサイルが日本列島に着弾し億万もの死傷者や数兆円にものぼる経済的損失など莫大な被害が発生する」という可能性まで考えられます。先述の「イージス・アショア」導入は、そうした犠牲のばらつきを、当面の追加金銭負担「1,600億円+α(諸経費)」辺りの範囲内に置き換え確定させようとする、リスク管理の決断をすることになります。

リスク管理に対しては、何が正しいのかは誰にもわかりません。しかし、「予測不可能だった犠牲の大小の範囲を想定内にとどめ、対策可能にできていること」こそが、リスク管理における真の価値なのです。
会社経営で言えば、損害保険に加入しておくかどうか、情報セキュリティ対策にお金を使うかどうか、台風が接近する中でイベントを強行するか中止するか…といったリスク管理の決断を、何事もなければ後から「単なる取り越し苦労」と批判されることを覚悟のうえで、経営者が「必要だと信じるから」といった自らの信念や思想に基づき主観的に下していると思います。このような判断は主観的なものであり、責任を取る立場でないと下せません。
限られた時間の中で日々「リスクに対する決断」を重ね、正解のない問題に回答し組織を持続的な成長へ導くことこそが、政治家や経営者など「責任者」の究極的な役割だと思います。会社も国もその積み重ねで向かう先が決まります。
今月は衆議院の総選挙がありますが、決断を下す政治家の方々や政党がどのような信念や思想を持っているかをよく見て、日本という国が抱えるリスクの管理を任せられる人・政権たりうるかどうかを判断していきたいと思います。

10月になり、朝晩はだいぶ涼しくなってきました。長崎では「おくんち」が終わると本格的にな秋に入ります。皆様も、気候の変化で風邪など罹りませんよう、体調には十分にお気を付け下さい。

(長崎オフィス所長税理士 内田佳伯『月刊 アップ長崎』2017年10月号所長巻頭言より)