新秋の頃となりました。皆様お元気でしょうか?
8月初旬にクラウド会計の最先端を行く税理士法人S(新潟県長岡市)の見学会に参加しました。今やITはクラウド化が進み、私たち会計業界でもクラウドシステム抜きにしては成り立たなくなる時代になりつつあります。同行した6名の社員たちも、最新の会計システムに接してITの急速な進化を実感したようです。

温故知新…越後ゆかりの英雄に学びて

見学会の翌日、長岡市内にある「河合継之助記念館」「山本五十六記念館」を見て来ました。長岡藩の家臣であった河合継之助は、若い頃から社会の動向に関心を持ち、江戸に遊学し經世濟民(「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」の意)を学び、さらに備中松山藩の山田方谷に学び、佐賀・長崎・熊本を訪れて知見を広めました。幕末の動乱期に長岡藩の家老となり「独立特行(中立)」の姿勢を堅持しようと新政府軍と交渉しましたが、拒否されて「北越戦争」に突入、軍事総督として奮戦しましたが敗戦、戦死しました。
幕末という大空を駆け抜けた「越後の龍」と言われる河合継之助の生涯は、司馬遼太郎の代表作「峠」の主人公として描かれることとなりました。
ちなみに、河合の従者に外山寅太という人物がいましたが、河合の助言で商人となり維新後の関西財界の指導者として、日本銀行大阪支店長、アサヒビール創業者、阪神電鉄初代社長などを歴任しました。阪神タイガースの名前は「寅太」に由来している、という説もあります。

長岡藩と言えば、小泉純一郎元首相が所信表明演説で引用した「米百俵」でも有名ですね。北越戦争で敗れた
長岡藩は財政が困窮し、その日の食にも苦慮する状態であったのを見かねた三根山藩から、百俵の米が贈られました。藩の重鎮であった小林虎三郎は贈られた米を藩士に分け与えず、売却しその資金で学校を設立し人材の育成に努めました。「百俵の米も食えばたちまちなくなるが、教育に充てれば明日の一万…百万俵となる」と自らの信念を通しました。      
小林の作った国漢学校は、その開学の精神とともに長岡中学に引き継がれ、山本五十六らの多くの優れた人材を輩出しました。教育投資の重要性は現代の企業でも同じですね。教育で社員が成長すれば会社も成長します。
太平洋戦争開戦時に連合艦隊司令長官だった山本五十六は「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」「話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている姿を感謝で見守って、信頼せねば人は実らず」という考えで人(部下)を動かしました。これは、人材マネジメントの秘訣として今の時代にも通用する精神だと思います。
アメリカに駐在しハーバード大学留学の経験がある山本五十六は、アメリカの物量の豊富さを知っており最後まで日米開戦には反対していましたが、南方戦線の視察中に戦死の憂き目に遭うこととなりました。開戦時の日本政府・軍幹部は「井の中のカエル(かわず)、大海を知らず」の典型人集合体だったのです。

現代の経営者においても、自分の業界しか知らず他業界や経済全体の動き、時代の変化について知らないのは経営上危険なことです。日本、特に地方では人口減が顕著です。このままでは市場が縮小していきます。また、人の採用も厳しくなります。
量的拡大が非常に厳しい経営環境です。そこで、某経営評論家は「御用達経営」を勧めています。「量から質へ、売上から利益へ」思考転換の時代です。厳しい経営環境を生き残るためには、利益を残すことが不可欠です。そのために、事業展開などの工夫と知恵が経営者には求められます。ただ、生き残るために新たな事業展開を検討するとき、今の事業と全く異なる事業展開はリスク…当たり外れが大きいものです。本業の延長線上にある分野または関連する分野の方が、より堅実で望ましいと思います。

残暑が厳しい毎日です。御自愛ください。

(代表社員税理士 内田延佳『月刊 アップ長崎』2017年9月号 代表巻頭言より)